治療の実際パート3
多焦点白内障手術は、すべてにおいて正確さが求められます。うまくいけば、どこもかしこもはっきり見える満足度の高い見え方を手に入れることができます。しかし、いかに優れた多焦点眼内レンズを用いても、目に合っていないと性能が十分に発揮できません。また、多焦点眼内レンズは手術操作や眼内レンズの球面度数、乱視度数、乱視軸の決定が雑であると十分に多焦点の機能が発揮できなかったり、不快な見え方になるリスクがあります。つまり、多焦点白内障手術の成功の鍵は、
が両立することです。1人ひとりのライフスタイルへの眼内レンズのマッチングについてはパート1で詳しく述べさせていただきました。ここでは目と眼内レンズとのマッチングにフォーカスします。
多焦点眼内レンズ手術に要求される精度の高い白内障手術行程を中心にご説明します。高機能な眼内レンズほど、手術に要求される正確さも高くなります。
多焦点眼内レンズの性能を発揮させるために必要な検査と手術技術について説明します。
多焦点眼内レンズは高機能化のために特殊な構造を持ちますので、角膜や瞳の大きさに異常があると十分に機能が発揮されない、変な見え方になるなど不適合のリスクが高くなります。術前に、目の状態を詳細に検査して多焦点眼内レンズの適応があるかどうか?どの多焦点眼内レンズが向いているか?を調べることが大切です。
角膜は本来きれいなドーム状のかたちをしています。角膜トポグラフィー検査で角膜にひずみがないかどうか調べます。きれいなひずみは正乱視といいますが、トーリック機能で矯正できます。不規則なひずみである不正乱視(高次収差)が強いと多焦点機能が十分に発揮されない可能性があります。特に、隠れ円錐角膜に注意する必要があります。角膜の表も裏も調べられる3次元前眼部OCT「CASIA2」が威力を発揮します。円錐角膜や放射状角膜切開術を受けた目や外傷歴のある目は、ピンホール効果を利用した多焦点眼内レンズIC-8(自由診療)が向いてます。
多焦点眼内レンズはレンズの広い範囲を使うため瞳孔が小さいとレンズの性能が発揮されにくくなる可能性があります。明所で3mm以上の瞳孔であれば安心です。レンズにより瞳孔径の影響を受けやすいものと受けにくいものがあります。瞳孔径が小さいと焦点深度が深まりますので、2mm以下の方は、単焦点でも明視域は広めになります。
多焦点眼内レンズはコントラストが少し低下しています。レンズによりコントラスト低下の程度は差があります。手術を受ける前のコントラストが十分に下がっている目は、どの多焦点眼内レンズを選んでも改善したと感じることができ、その多焦点の機能に脳が適応してくれます。しかし、手術を受ける前のコントラストの低下が小さい場合は、コントラスト低下が少ない多焦点眼内レンズを選ぶ必要があります。詳しくは、「パート6 デメリット ―多焦点眼内レンズの不適合について」を参照ください。
視力の基礎は黄斑の健康です。さまざまな黄斑疾患があります(「黄斑疾患」リンク)。疾患の種類により、視力への影響が異なります。多焦点眼内レンズの適応は、疾患とその程度に応じて検討する必要があります。黄斑の障害が強い場合、多焦点眼内レンズの適応は低くなります。
黄斑前膜は重症でなければ黄斑の障害は軽度で元にもどりやすいです。ですので、慎重にですが多焦点眼内レンズを使うことはできます。
加齢黄斑変性は、進行すると黄斑に大きなダメージをもたらすリスクが高い疾患です。今軽症でも後で重症化する可能性があるため、基本的には多焦点眼内レンズに向いていません。この問題を回避するためには、「単焦点眼内レンズ+アドオン多焦点眼内レンズ」という方法があります。「アドオン多焦点眼内レンズ」は、1枚目のレンズと虹彩の間に入れる2枚目のレンズです。着脱がとても容易で、センタリングも普通の眼内レンズより良好です。加齢黄斑変性がドルーゼン程度で視力が良い場合は、「単焦点眼内レンズ+アドオン多焦点眼内レンズ」で多焦点生活を楽しんでいただき、万が一、加齢黄斑変性が浸出性変化を起こし視力が障害されたら、「アドオン多焦点眼内レンズ」を抜いてしまえば単焦点にもどすことができます。2ミリの創から取り出せる2分程度の手術です。
網膜剥離は黄斑疾患ではありませんが、網膜剥離が黄斑にまで及ぶと黄斑が障害され視力が低下します。網膜剥離が黄斑に及ぶ前に手術で治せば黄斑の健康を保てます。あるいは、黄斑が剥離しても、できるだけ早く(即日緊急手術)手術を行い治せば、黄斑の健康は回復します。50歳以上の方の網膜剥離手術は、原則、白内障手術と硝子体手術の同時手術になりますが、この時、黄斑の健康が期待できるなら、多焦点眼内レンズを選択しても問題ありません。黄斑剥離が生じてから何日も時間が経っている場合は、黄斑機能が低下している可能性が高く、多焦点眼内レンズの適応は低いと考えざるを得ません。そのような場合、まず単焦点眼内レンズで硝子体手術を行い、後で視力が1.0以上にもどり、OCTでみた黄斑の健康が回復していたら「アドオン多焦点眼内レンズ」を挿入して多焦点化することも可能です。
緑内障と言っても、さまざまな程度とパターンがありますので、緑内障があるから多焦点眼内レンズは適応がないとは言い切れません。まず、中心視野が健常であることが必須です。10-2という中心10度以内の視野検査を行い感度低下がないことが必要です。なぜなら、多焦点は広い範囲に光を振り分けるため各距離で使用する光量が減ります。中心視野が健常なら問題ありませんが、中心視野に障害があると光が足りなくて、薄暗いところで見えにくくなる可能性があるからです。もう一つの重要な問題は、緑内障は進む病気であるということです。今は大丈夫でも10年、20年経ったとき中心視野障害が進んでくるかもしれません。年齢は?視野障害がどの程度中心に近いか?視野障害は上か下か?OCTで黄斑部の神経線維層にどの程度異常があるか?など精密に検査して将来の予測を立て適応を慎重に判断する必要があります。この場合でも、上記した「単焦点眼内レンズ+アドオン多焦点眼内レンズ」という方法は有効です。今を含め活動性が高い年齢の間は多焦点機能を楽しみ、将来緑内障が進んで影響してきたら、「アドオン多焦点眼内レンズ」を抜いて単焦点にもどします。すなわち、明視域(ピントが合う範囲)優先から光量優先に切り替えます。
眼内レンズ(IOL)の度数は、メガネのように次々にレンズを試して最適な度数を決めることはできません。角膜曲率半径(角膜屈折力)と眼軸長を予測式に入れて眼内レンズの度数を決めます。基本的に多焦点眼内レンズは遠視(プラス)でも近視(マイナス)でもない「0」を狙います。多焦点眼内レンズの性能を発揮させるために一番重要なことがIOL度数をぴったり合わせることです。当然ながら、角膜曲率半径と眼軸長の精度の高い測定が重要です。これは現在市販されている光学的測定装置なら可能です。また、検査する視能訓練士が正確な検査を行うことも重要になってきます。しかし、測定が適切に行えても、選んだIOL度数は時々はずれます(5%程度)。それは、なぜでしょうか?原因は目のかたちが標準から外れている場合と目に原因となる異常がある場合があります。できるだけターゲットに近づくために、複数の予測式を比較検討して決めます。さらに、後述する術中に水晶体除去後に目全体の屈折を測定して眼内レンズ度数を予測するORAシステムを用いて万全を期します。
角膜乱視は多焦点眼内レンズの見え方に悪影響を及ぼしますので、できるだけ矯正します。矯正できるのは、正乱視という規則正しい乱視です。真の乱視を捉えるのは容易なことではありません。従来は乱視を角膜表面の屈折力分布から角膜乱視を求めておりましたが、機器が進歩して角膜前面だけではなく角膜後面の屈折力も解析できるようになり、予想より角膜後面が角膜乱視に影響を及ぼしていることがわかりました。角膜後面まで測れる装置はいくつかありますが、最も高速に撮影できる3次元前眼部OCT “CASIA”が有用です。多焦点白内障手術には角膜後面乱視まで考慮した乱視矯正が必要と考えます。図で例を示します
白内障手術ガイダンスシステムは、白内障手術の各操作を正確に行うためのガイドシステムです。機器についてはパート4で詳しくお伝えします。ガイダンスシステムは、高精度な目の形状測定に基づいて術者に切開する位置やライン、乱視軸などをリアルタイムに示します。このため、術前に外来で撮影し、以下の情報を取得しておきます。
角膜曲率・角膜輪部の位置と直径・強膜位置・ 瞳孔形状・角膜反射位置・視軸偏心量
なぜガイダンスシステムが必要か?
正確な前嚢切開、正確な角膜切開、正確なトーリックIOL固定ができる
目の中心の認識を目視に頼っていると前嚢切開の位置や眼内レンズ固定のセンタリングが不十分になることがあります。前嚢切開が中心から外れると術後の前嚢切開の縁が眼内レンズから外れ、術後水晶体嚢の収縮が起きたとき眼内レンズが傾いたり、偏心するリスクがあります。
目視で前嚢切開を行うときは目の大きさや散瞳している虹彩縁を参考にして狙う大きさに切開します。しかし、角膜の大きさや散瞳の大きさには個人差があるため、狙ったとおりの大きさに切開することは容易ではありません。大きすぎると眼内レンズから外れやすくなります。外れると術後水晶体嚢の収縮が起きたとき眼内レンズが傾いたり、偏心するリスクがあります。小さすぎると眼内レンズの全エリアを使えないリスクがあります。
人の目は座っているときと仰向きになったときでは位置が違います。図のように外来で座って検査を受けているときの位置に対して、手術中に仰向けになると目は回転して位置が変わるのです。専門用語で「回旋」と呼ばれています。この回旋が乱視矯正のための強主経線角膜切開やトーリック眼内レンズの軸合わせで間違う原因になります。ガイダンスシステムVerionは虹彩の模様や結膜血管の位置を記録して覚えていますので、回旋が生じても正確に乱視軸の位置を表示できるのです。
コンピューター制御されたフェムトセカンドレーザーにより組織のダメージを最小限に切開します。レーザー白内障手術の利点は設計したとおりに切れることです。コンピューター制御されたフェムトセカンドレーザーは、さまざまな工業分野の精密加工に用いられていることからもわかるように正確で精密な切開を可能にします。また、毎回同じことができる高い再現性を持ちます。こうした性質は手ではかなわないことです。
しかし、フェムトセカンドレーザーで設計したとおりに切開できたとしても、設計が間違っていたり、目分量だったりすると元も子もありません。つまり、レーザー白内障手術は、白内障手術ガイダンスシステムと連携してこそ最大限にメリットを発揮できます。
白内障手術ガイダンスシステムは、設定した前嚢切開の位置(サイズ、中心)を示します。術者はできるだけこの表示どおりに切開を行う努力をします。しかし、人の手では毎回ピタッと同じ切開をすることはできません。時に、外にはみ出したり、小さくなったりします。コンピューター制御されたフェムトセカンドレーザーは毎回設定通りに切ります。
レーザー白内障手術はあらかじめ水晶体の硬い核を細かく切って細分化しておくことができます。これが水晶体超音波乳化吸引術を安全にします。
水晶体超音波乳化吸引術は超音波を硬い水晶体核に当てて粉砕し吸い取る方法で、現在の白内障手術のスタンダードとなっています。この操作は以下のリスクがあります。
超音波乳化吸引の時間が長いほど3つのリスクは高くなります。核が硬いほど超音波乳化吸引の時間は長い傾向があります。フェムトセカンドレーザーで核が細分化されていると超音波エネルギーと超音波使用時間が半分程度に減ることが報告されています(Zoltan Naggy, et al. J. Refract Surgery 2009;25:1053-1060)。つまり、レーザー白内障手術では核吸引の安全性を高めることが期待できます。特に、多焦点眼内レンズは後嚢破損が起きると使用が難しくなります。また、チン小帯断裂が起きると、レンズをまっすぐに固定できず傾いたり偏心します。以下のようなリスクのある目の多焦点白内障手術では必ず用いたいと考えています。
レーザー治療⇒移動⇒顕微鏡下手術 と行程が増えるため、従来の顕微鏡下手術のみの手術に比較すると手術時間が増えます。
レーザー白内障手術で精密な操作を行うために眼球が動かないように眼球を吸い付けて陰圧で固定します。この吸い付ける圧により白目が出血します。しかし、白目の出血は、目に悪影響はまったくありません。見た目だけの問題です。
ORA術中波面収差解析装置は白内障手術のときに挿入する眼内レンズを正確に選び抜くための術中診断ツールです。
多焦点白内障手術では眼内レンズ(IOL)の最適な球面度数と乱視度数・乱視軸を選択することが成功の鍵の一つです。球面度数が遠視側にズレると手元や中間で見えにくいことろができるリスクがあります。乱視がかなり残るとぼやけて見える原因になります。このため、多焦点白内障手術の術者は、最適な球面度数と乱視度数・乱視軸を選択するのに苦心しています。「目のかたちを精密に測る(IOL度数、乱視度数・軸を決める)」の項で説明しましたように、白内障手術では手術前にあらかじめ予測式によりレンズの度数を決定します。予測式は、標準的な目の形状モデルを想定して作られており、95%程度の的中率ですが、約5%ははずれてしまいます。ズレやすいのは、強度の近視や遠視がある目、角膜のカーブが大きいか小さい目、レーシックを受けた目などです。この問題を解決するために開発されたのが、ORAシステムです。手術で水晶体を摘出した後に、アベロメーターで眼底から帰ってくる光波面の低次収差を測定します。これにより水晶体の影響を受けずに目の屈折情報を獲得し、それに基づいたIOL球面度数、乱視度数、乱視軸が提示されます。より正確なIOL度数やIOL固定位置を選択して患者満足度を高めることが期待できます。詳細はパート5を参照ください。
水晶体はチン小帯という無数の細い線維により支えられています。眼内レンズは水晶体のふくろ(水晶体嚢)の中に入れて固定されますので、チン小帯が切れていると水晶体嚢ごと眼内レンズが傾いたり、脱臼するリスクがあります。チン小帯が弱い目の水晶体嚢を補強するために開発されたのが水晶体囊拡張リング(CTR)です。水晶体嚢の内側から広がるように支えます。もともと、下記の図のようなチン小帯が切れていたり、脆弱な目の白内障手術において水晶体嚢を補強するために開発されました。
白内障手術後に眼内レンズのセンタリングが良好でも、術後時間が経過すると水晶体上皮細胞が増殖しコラーゲンなどの細胞外マトリックスを産生して水晶体嚢の線維化が進みます。水晶体嚢の線維化は眼内レンズを固定してくれる良い面もありますが、支えるチン小帯が弱かったり部分的に切れていたりすると水晶体嚢収縮により眼内レンズにかかる力がアンバランスになりセンタリングが不良になります。あらかじめ水晶体囊拡張リングを入れておくと水晶体嚢収縮の力に抵抗して眼内レンズのセンタリング不良を防ぎます。
術後必ず水晶体嚢が収縮します。これにより眼内レンズは安定に固定されるのですが、一部の目で眼内レンズの位置が変わり球面度数のズレが起こります。眼内レンズが想定される位置よりも前に移動すると近視に振れます。逆に後ろに移動すると遠視に振れます。ズレが裸眼視力を劣化させている場合は、変化が落ち着いたタイミングでレスキューを行います。
ズレた状態に適した度数の眼内レンズに入れ替えます。水晶体嚢収縮は収まっていますので、再度ズレるリスクは低いです。この方法は、術後かなり時間が経過して水晶体嚢の線維化が強い場合難しい場合があります。無理をすると水晶体嚢破損のリスクがあるからです。
ズレた分の球面度数を載せたアドオンレンズを挿入することで矯正します。アドオンレンズは改良が進み安全性が高くなっています。
乱視が術後にかなり残ることが稀にあります。術直後に乱視が軽度でも術後乱視が変化して無視できない影響が出てくることも稀にあります。その原因は
などが考えられます。時間が経過して残った乱視が裸眼視力や見え方の質に影響していると考えられます場合は、変化が落ち着いたタイミングでレスキューを行います。
眼内レンズの位置を整復します。この時、水晶体嚢拡張リングが挿入されていない目は、挿入します。
変化に応じて乱視度数と乱視軸を変えてトーリック眼内レンズに入れ替えます。
角膜の強手経線に切開を入れることにより残った乱視を減らす方法です。レーザーで行う方法とメスで行う方法があります。
ズレた分の乱視度数のアドオンレンズを挿入することで矯正します(上記図)。アドオンレンズは改良が進み安全性が高くなっています。
前嚢収縮が起きるときに眼内レンズが傾いたり偏心することがあります。その結果視力低下を生じた場合、眼内レンズ整復術を行います。もう一度、水晶体嚢を開いて眼内レンズの位置を整復し、水晶体嚢拡張リングが入っていない場合は挿入しておきます。